友人の建築士から相談があった。
外壁の改修工事中に柱脚部の爆裂を見つけてはがしてみたら錆びていた。耐震的に大丈夫か。というもの。
建物は、重量鉄骨造の4階建て。6本柱。柱脚部はピン接合、柱はH型鋼日の字柱。X軸Y軸とも大きな開口部がある。外壁はラスモルタルで、外見からはあちこちにクラックが走り、脚部のモルタルが爆裂している。店舗改修工事中に外壁の爆裂部をはがしてみたところ、鉄骨柱脚部の腐食を発見した。構造耐力に不安を覚え、耐震補強が必要かどうか、という相談であった。
1)建物の外観を見ての観察。
まずは現地に赴き建物を観察した。露出させた柱脚部はH型鋼であった。根巻きはない。おそらく中間部から上部にかけては日の字柱で(まだコラムのない時代の建物であることが分かる)、X軸Y軸の両方向をラーメン架構としていると思われる。脚部の錆びによる損傷の程度は相当大きい。柱脚部は単にピン接合とみられるので、そうであれば地震の際には大きくゆれ、このため外壁に多くの亀裂が走ったものと思われる。他の柱脚部にも爆裂が見られるので、同様の状況と思われる。状況は大変悪い。
また、この建物は図面が保管されていないことが分かった。構造図がなければ診断はそのままではできない。この場合はまず構造図面の復元が必要となるが、この時点での懸念は、この建物はすこぶる素性の悪い建物かもしれないことだ。(そもそも確認申請を取ってないとか、完了検査を受けていないとかの不良建築物かも知れない。)
とりあえずオーナーへの説明が必要である。この時点では説明は依頼者を通じで行われるので門切り型になるのは否めない。オーナーには二つの選択肢が考えられる。
① 一つは、詳細な調査(検査)をし、構造図面を復元し、耐震診断すること。診断を行えば補強の仕方が判明してきて、補強の見積もりもできる。しかし、時間と費用がかかるのは明らかであり、すでにテナントが入店し開店していることを考えると、ハードルは高い。
② もう一つは、出来るだけ早急に補強工事を行うこと。診断をするまでもなく危険なのは明らかであるので、診断に要する費用と時間を節約し、とりあえず安全性を少しでも確保するように何らかの補強を行うこと。ただしこの場合の補強工事は、本当に必要な補強かは定かではない。安全を考えるならむしろ過剰かもしれない補強を行いたい。助成金をもらうことはできない。少しでも安全性を高めることができるならこの方法も考えられる。
しかし、一般的にはこのような手段はあまり推奨されない。耐震診断しなければ補強を正しく行うことができないばかりか、十分であるかどうか分からず、不安が解消されるかどうかは分からない。
ただ、今回この建物の構造は単純な架構であるので、経験則から耐震性能は相当確保できる見込みは立つ。そもそもたとえ誰も正規に診断したところで誰かが保証してくれるものではないので、時間と金を考えれば、相当分の妥当性はある。選択肢のひとつである。
2)その結果は
この後、オーナーの下した結論は、①耐震診断でも ②とりあえず耐震補強でもなく、やはり何もしないことであった。爆裂の部分だけを直し、外部をきれいに塗り直し、耐震補強は何もしないと言うものであった。オーナーは決断はできなかった。
残念だがこれは実は十分に予想されたものである。この建物のおかれた現況を考えると、改装工事がほぼ終わり、すでに店舗が入居し営業を開始している。店舗には花輪が並んでおり、ここで営業を止めて営業保証金を支払う勇気があるか、とみると、これは決断は相当難しいことは、誰が見ても容易に想像できる。実際に大地震にあって危険であることへの想像力が、目前の大問題に勝ることができるためには、もっと何かが必要であった。
3)この場合、実は、③段階補強 を推奨してもよかった。
つまりとりあえず一番危なそうな(オーナーも実感として理解できるような)柱脚部部分だけを補強する。という荒治療があったと思う。これはどういうものかというと、建物全体の正しい補強工事はその次の段階で考える、というものであり、気休めかもしれないが(実際に地震に合えばあえなく崩壊するかもしれないが)しないよりは確実に随分ましであり、必ず確実な効果はあるのだから。
また、④建て替え案の提示 もあったかもしれない。
次のように思う。おそらく、耐震について意識が向いていないのは、このビルの不動産価値の将来像について正確に理解していないからに違いない。目前のテナントの賃料くらいしか理解していない可能性が高い。大地震への問題は、短期的な目前の問題というより、少なくとも10年~30年くらいのスパンで考えてみる材料を提供し、現在の時点での判断材料としてもらう。その手助けがあれば、オーナーは判断を変えられたかもしれない。
実は私は次のように思う。
本来は、④建て替えする、が答えではないか。地価の高い地域だったのでいろいろ資金的にはクリアできるはずである。だが、私の目の前には、大地震で崩壊するに違いないと思われる建物がある。しかしそれを伝えることができなかった。
4)法的な問題。
オーナーが、危険性を感じていたのに何もしないというのは、法的にはどうだろうか。入居したばかりのテナントにこのことを伝えるかどうかは任意ではない。だが、これは大変重い判断である。伝えないままでもし被害が及んだ場合は当然責任追及は免れない。建築基準法では、建物の保全を計る義務(つまり安全であること)をオーナーは負っているのである。
耐震診断をして危険性が明らかになった場合、その場合は伝えなければならない。何もしなければ、それは何も知らないで通せる。これが大きい。また、その上で補強工事をしなかった場合はどうだろうか。責任の追及がある事案である。オーナーの追う責任は明確となる。
5)お金の問題
多くの時間と費用がかかる。テナントが入っているので、それらに対する営業保障も必要である。工事費用はいへん大きな数値である。耐震診断だけでも鉄骨の検査にも費用が掛かりこの建物は検査も含め200万かかる。補強設計にも費用が掛かる。工事費用は計り知れない。ビルオーナーにとって大問題である。
この時知ったのだが、オーナーはこの老朽ビルを最近購入したそうである。ある意味オーナーはかわいそうかもしれない。もしかすると最後にババを引かされたのかもしれない。オーナーは、この建物が危ないとの確かな実感がなくオーナーとなったのだろう。相当な確率でオーナーの知り得る知識の限界かも知れない。大地震が来た時の残酷な姿が現実のものとなると思われるが、そのことを知ることのないのは罪ではないだろうか。
オーナーはこの不動産に対して最大の責任者である。大きなお金を動かせる存在である。何らかの対策を講じる考えに至ることを願わずにはいられない。
困難を乗り越えて、テナントを説得し、補強を行うのはたいへんであるが、おーなーには決断が必要と思う。
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ビルオーナーには、来年1月の東京都の耐震セミナーに来ていただきたいと思う。私は個別相談員の役割を担うので招待してみたい。
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