
Architects Office

能登半島地震被害調査の報告
原稿の一部を記載

能登半島の震災地を4月1日~2日にかけて調査する機会を得た。地震被災地はどこも痛々しい状況であるが、今回は、崩壊した建物と、ほとんど無傷で残った建物とが混在していること、隣り合わせにあること、について特に注意喚起の素材となる可能性を感じた。建物の被害は皆が等しく被るものではない。「耐震設計」がいかに大切かを伝えることが必要である。
ここでは、
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寺院建築(伝統工法)の耐震について
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在来工法の建築の耐震について
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耐震性のあるなしでの生き残り格差がみられる。
の3点に絞り、能登半島地震で明らかになった事象について記す。
<真宗大谷派善龍寺について・・・・・・>
<考察>
ここで明らかになる事象。つまり本堂の左右にある増築部分(在来工法)は、本堂と繋がっていたために、本堂が揺れる時の横方向の圧力に対抗することができず、かつ本堂のボリユームに比べ小さかったために圧力に負けて、結果として構造材が破断し押しつぶされたのではないかということである。伝統工法の構造は大きく揺れてもその揺れを許容するが、現代の在来工法は、筋交いと基礎への緊結により横揺れを許容することができない。筋交いにより対抗できる横揺れを超えて大きな力が加われば、弱い方が破壊されてしまうと考えられる。それぞれが単独であれば無事であったかもしれない。(庫裏の構造自体が極端に脆弱であった可能性はある。在来工法では唐破風の屋根が重すぎたかもしれない。)
<教訓>
そもそも異種の構造体を安易に接続してはいけない。
<提言>
実は、今日の他の地方の寺院の状況も、大小を問わず、この善龍寺の状況に類似している状況にあると思われる。本堂の脇に増築された水場、庫裏、庫裏に続く渡り廊下、などが、この善龍寺と同様に、雨風を避けるために無頓着に接続されている状況が我が国の津々浦々に見られる。早急に見直しが必要ではないだろうか。
<曹洞宗本山総持寺について・・・・・・>
<考察>
山門と庫裏とをつなぐ回廊は、在来工法(基礎をコンクリートにして土台をボルトで固定する工法)によるものとみられる。この回廊が、庫裏にどのように接続されていたかの詳細が分からないので断言はできないが、今日の常識的な見方では、近年に造られた在来工法による建築物が、単独でこれほど無残に崩壊するとは考え難い。 崩壊の原因は、巨大なボリュームを持つ山門や庫裏の揺れに直接押されて、華奢な在来工法の回廊が負けてしまった、その結果ではないかと思われる。
しかし、実はこの近代に設けられた回廊には、別の問題もある。
左は、他の部分の回廊内部であるが、梁と柱をつなぐ金物を見ると新しい耐震工法を採用している。(柱と梁とを接続する部分に三角形の新工法金具が採用されている。)
地震被害の結果を見ると、全く役に立たなかったと考えられる。安易な新工法の採用は注意すべし。
<教訓>
新しい耐震工法については注意が必要である。このような問題を起こしてしまう可能性を考える必要がある。
<耐震性能により、生き残りに絶対的格差がみられる。・・・・・・>
<考察>
ひとつの街の隣り合う民家でも、耐震性能の差で、生き残るか、崩壊するか、が決まり格差が生まれている。すべての家屋に耐震診断を行い、耐震化を進めて家屋をまた街を地震被害から守ることが必要である。
しかし現実的な問題として、被災前の街が健全な状態であったとしても民間の家屋の耐震化の決断は非常に難しい。まして過疎化が進み、被災後は街のコミュニティが失われてしまえば、財力もなく絶望的となる。この現実の問題を、我々は広く受け入れる必要がある。
<提言>
能登の被災した家屋のうち、復旧の可能なものは、経済状況や人口過疎から残念ながら非常に少ないと考えられる。また寺院は宗教建築であるため、自力で復旧の道を探ることになり、財力のない寺院は遺棄される可能性がある。復旧・復興への大いなる知恵が必要であり、また人・材の助力が必要である。
しかし、我々はかつて東日本大震災において、復旧・復旧を一大事業としてとらえ、結果としてずいぶん方向違いの事業や後になってみると無駄になった事業を行って来た。復旧・復興は難しいテーマであることを鑑み、短期でなく長期で行うべき事業であることを受け入れる必要がある。今日まで自然発生的に生まれてきた集落であり家屋であるから、人の感性は揺れ動き、今後どのように復旧すべきか、支援すべきかの判断は非常に難しい。
私はかつて仙台塩竃の復旧工事に携わったが、当初描いた設計は、年月の経緯とともに見直しが必要となった。実際に延々十数年の歳月を費やして目的の途中での変節はやむお得ないと思われる。このことは、少なくともこれらにかかる助成は、単年度制ではなく、10年以上の長いスパンの事業としてとらえる必要を表している。
また、日本全国に無数にある寺院について、今度の能登の被災状況で明らかになった事象「不用意な増築が崩壊を招く」を見て、耐震診断の必要があることを喧伝すべきである。多くの寺院にはまだ全く認識されていないが、異種構造の入り交じり状態がみられる。修正が必要である。しかし寺院への耐震助成は一般に行われない。これらのうち財力のないものへの助成は、助成の理念の根本に立ち戻り長いスパンで考える必要がある。
三島直人