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ある教会の耐震診断

執筆者の写真: misimamisima

更新日:2023年2月25日


 耐震診断は、単に構造計算で構造の耐震性を測ることで終わりと考え勝ちですが、実はそうではありません。計算で出てくるのは単にIS値という数値でしかなく、その数値の意味をとらえ、大切なのはとのように補強するか、何を重要と考え、何を犠牲にするかとか、あらゆる可能性を探りながら、最適の補強、改修工事につないでいくものです。以前行ったあるプロテスタント教会の耐震診断を例にして書いてみます。


 この教会はRC壁式構造の平屋です。壁式構造の建物は地震に強く、めったに倒壊するものではないと考えられます。もし単に一般的壁式構造の建築として尋ねられれば、教会は壁も多く、あまり心配することはないのではないか。としたかもしれません。

 しかしここで特に教会という特殊な建物であるからこそ、単に耐震的な耐力の問題だけではない、特別な位置づけとしての耐震の考え方があるのではないか、それが私がこの時耐震診断を行った時の動機でした。教会は内部に大空間を持ち、通常のありふれた形態ではありませんし、この大空間がなにか悪い作用をするかもしれない、という構造的耐震的な事柄と共に、それを教会の信者集団である特殊な人たちがどのように解釈するかに、実は問題の本質があるような気がしたからでした。教会側は、私の質問に対して、どうしても安全であるという確信がほしいという信者側からの要請によるという、至極分かり易い説明をされました。

 教会の耐震診断は、全体を二つのゾーンに分けて診断を行い、通常より手間をかけての作業でした。  診断結果は基準値のIs=0.6を大きく上回るIs=2.0の数値が出て不安は払拭されました。出てきたIs値が多きいので、やはり不必要な診断をしたのではないかとの思いもあって、正直なところ居心地はあまりよくありませんでした。目的は正しく履行でて、皆さん診断業務には満足しています。しかし、実は要点は、やはり耐震の数値はいったい何なのか、ということにあります。

 実際には、耐震診断により安全性は確かめられましたが、実は内部の調度品も含めてはっきりしないものも多く、数値は安全だけれども、耐震性ということについては課題はあるという議論が必要でした。しかし、これは診断を始める前に行うことで、数値が出てから説明するものではありません。あらためて信者に対して、追加説明するのは、なかなかしんどいものがありました。


 問題は、天井や、教会のあちこちにある装飾的非構造物や、とりあえず落下の危険性があるとは言えないものについてです。ただ、塔がちょっとIs値が低いことがわかり、念のためガラスに飛散防止フィルムを貼ることにしましたが、そうでもないものについては、後追いの説明では限度があります。


 耐震診断の考え方は、建物が崩壊して人の命にかかわる部分を診断するものであり、内部の調度品や、塔に関しても、その対象とされるものではないのです。塔は床さえない構造物で人のいるスペースはなく、診断上は塔は別物と扱うことになっています。診断結果は、したがってこの部分を省いてい、危険性はないとするものなのです。私が危険と感じるというものは診断ではなく、実は認定された理論と計算式による結果なのです。


 そこのところの考え方について、建築物を、構造だけで測るのではないとして、耐震診断にあたるもの。つまり国土交通省のいう診断との違いがあります。目白教会において、国土交通省的な診断は、Is値2.0です。しかし実際には塔のガラス、配管などに弱点が見られ、塔にはフィルム貼りが必要であり、調度品は調べた結果安全だったといいうものです。耐震診断の意味と限界について説明に腐心する経験でした。



 教訓1:耐震診断の後に何が求められるかを考えて、その準備をしながら診断に当たらなければ、診断は単に計算で求められた数字があるだけとなり、その後の有意義な行為にはつながらないというもの。

 教会建築であれば、多くの人が集まり、被災時には象徴的な活動の拠点としても役に立てるところです。むしろ本論はこちらにシフトし、そこからの展開を、信者の方と共に考えてみるチャンスであったと思います。

 今回の診断は、もし震災に見舞われたなら何かの役に建てるようなきっかけになるはずでしたが、安心しただけでおしまいになってしまいました。

 教訓2:反省点として、実は一般的な耐震の話をすべきだったと思います。求められてはいませんでしたが、緊急時の備蓄などの具体的な提案をすべきだったと思います。これらの提案の準備は実はいつでもできているので、その話をする機会さえ設けることができればよかったわけです。


 しかし実際には、大勢が集まる集会は施行部により事前に進行が予定されており、IS値の結果ばかりが話題になり、もっと建物にかかわる広い視野を持って考えるタイミングは、あとからではその機会はありませんでした。わたしのような、でもしかな診断者は、要は初めにこれらのことを準備しないといけないということです。



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追記



 旧耐震の建物が明らかに地震に弱いのは、その当時はせいぜい震度5程度までの地震しか考えられていないからです。今は、阪神淡路の大震災の経験により、実は震度6強から震度7までの地震が実際に起こりうる、として建築基準が強化されているわけです。


 写真の調査風景は、直径7センチの筒型のコンクリートサンプルを採取りする様子。多少音が出ます。コンクリートの劣化を確かめるための作業で、これによりコンクリートの健全性が確かめられます。これを3か所やります。なぜ3か所かと言えば、実はコンクリートは打設時のでき不出来が結構大きいからです。打設中に突然雨が降って来て、そのまま対策せずに底を打ったとしたら、そこだけまずかいもしれませんから。

 サンプルを採った跡穴は無収縮モルタルをつめて周りと同じ塗装をして仕上げます。調査はこの他に、不同沈下を調べ基礎が健全かどうかとか、また外壁の様子も目視で調べて、躯体の状況の健全さを確かめます。


 これらの現地調査の他に、建物の図面があるかどうか。構造図があるかどうか。コンクリートの中の鉄筋はどのようになっているのか外からでは分からないので、図面は大切です。計算書もあったほうが良い。また、確認申請書、検査済証、があるとないとは大きな違いがあります。実は検査済証があって初めて建物は図面通りに作られていることが分かるのですから、これがない場合は、疑てかからざるを得ないということになります。


  

 ところが、現実には図面のない建物があります。昔のことだから図面もどこかに行ってしまう。図面がない建物の診断はどうするのかがよく問題になります。外寸を調査をし、RCレーダーで鉄筋を探り、すべてはレーダーを当てることはできませんから、残りは理論的に推測します。あるいはいくつもの事例や類型により推測します。それでも分からないところは、そこには危険率をかけてしまう。

 つまり、目的は耐震であるので、正しい答えを求めているのではないということで、出来るだけのこおてゃして行こうということになるわけです。分からないところがあっても何とかするしかないですから、いろいろ知恵を絞って危険な建物はその危険性をなんとか明らかにしなければいけないわけです。

    


 Is値0.6が当面の指標になっていますが、ただし、この数値が何を表すかを理解するのは実際に難しいと思います。一般には、Is値0.6とは、数値だけが扱われますが、これは実はある種計算のルールにのって出たに過ぎないものですから、その計算のルール外のものがあった場合は、単なる指標でしかなくなります。(実際指標にすぎません)。


 先日、なぜ0.6にしたのか、ということを、この指標を作った岡田先生が言われたのをWEBで聞きました。先生は実は0.8を指標にしたかったそうです。しかしそれでは世の中が回らないということで、しぶしぶ0,6に妥協したのた。と言われていました。やっぱりですか先生。そうなんですね。そうではないかと思っていました。

  

 至極曖昧ですが、この基準を決めるに至った意味を理解するといたしかたないといわざるを得ません。指標があって初めて耐震が進むのだから。


 診断結果については、評定という認証方法を取るのが一般的で、学識経験者等によって診断結果にお墨付きを与えるものですが、このときの表現方法がなかなかよいので記すことにします。つまり、「倒壊、または崩壊する危険性が、<低い>、<ある>、<高い>」、という3種類の表現しかないのです。


 

 たとえば、補強してもIs値0.6に達しない補強は無意味か?という誤解が生じる懸念があります。特に助成金に絡んだ場合に指標以下の工事に助成しない自治外がほとんどであり、露骨に数値の危険性が明らかになっています。しかしIs値0.3しかなった建物が、最大がんばってIs値0.5を達成するという補強は、それなりに価値があるといわざるを得ない。大雑把に言って、そういうものではあります。

  



Komen


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